きょうふの味噌汁
「きょうふの味噌汁が出るんだってさ」
もうじき夕飯かという時間、部屋にやってきた妹は悪戯っぽく笑う。
「へぇ、そいつは怖い」
適当に言葉を返す僕の顔は半笑いだ。小学校のころにでも流行るような、もはや伝統芸能のようなギャグ。夕飯には麩入りの味噌汁が出るのだろう。
妹も本気で言っているわけではないのだろう。ぷっと噴き出す。
口元にあてた手には指輪が光っていた。家の中でもおしゃれをしたい年頃の女子高生が言うようなギャグではないなと思う。きっと学校で昔を懐かしむトークでもしていたのだろう。
言うだけ言って気がすんだのか、妹は1階のリビングへと降りて行った。
しばらくして、僕を呼ぶ声が聞こえた。夕飯ができたのだ。
柔らかく熱々の麩を思い浮かべ、唾液腺が刺激される。
食卓にはやはり味噌汁が並んでいた。台所からは「先に食べててー」と母の間延びした声が聞こえた。すでにいると思っていた妹の姿は見えないが、トイレにでも行っているのだろう。
答え合わせをするかのように、僕は味噌汁の椀へと手を伸ばす。しかし麩は浮かんでいなかった。
おかしいな、と思いつつ味噌汁を箸でかき混ぜてみる。すると箸に当たったのは予想よりもはるかに重い感触だった。味噌で濁った液体の中でゴロゴロと何かが転がっている。
僕は何やもわからない具の正体を知りたくて、1つを箸でつかみ、持ち上げてみた。
箸先につかまれていたのは、何度見直しても、人間の指にしか見えなかった。
ヒッ、と喉元から悲鳴が漏れる。思わずつかんだ指ごと箸を落としてしまった。
カツン
床とぶつかって、指には似つかわしくない、硬い音が鳴った。
目を向けると、そこには見覚えのある指輪が転がっていた。
トタトタ、と台所から足音がする。
母親が、戻ってくる。