くずみーのくずかご

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【免許】翼をもがれた僕はあまりにも無力で~第1話~


「前の車、止まりなさい」

 やばい、と思ったころには時すでに遅し。僕は運転中の画像注視、つまりはスマホを見ながらの運転で警察に止められることとなった。

「やってません、証拠はあるんですか」なんて言ったらどうなるんだろうか、いやしかしそれが通用するのであれば現行犯逮捕制度なんて成り立つはずがない…そんな悪いことを考えてはいるが、幸いにも実行しない程度の理性は持ち合わせていた僕は、素直に、粛々と手続きに応じた。

 一刻も早く手続きを終わらせたかった。というのも、今この時間は、市役所に住民票を取りに行くため、会社を早退して市役所へと向かっている途中だった。時間は16時前。やっちまったという後悔や、いけないことをしてしまったという反省があるので、警官の質問に極力丁寧に答えていく。時間は刻一刻と過ぎていく。

 しかし、時計をチラ見しながら焦る僕を地に叩き落す一言を警官は放ったのだった。

「これ、免許の期限切れてますね」

 血の気が引いていくのが分かる。市役所の書類などどうでもよくなるような、大変な事態が今ここで起こっている。まずい。今ここで免許が切れたらどうなるんだ。車が使えない。市役所に行くどころか家にも帰れないじゃないか。公共交通機関を使ったとしてもこの車はどうするんだ。というか現状無免許運転じゃないのか。

 頭の中を様々な思考がものすごい勢いで走り回る。脳内に警察がいたら間違いなく速度超過で一発免停だ。

 どうしようどうしようどうしよう。出勤も車だ。会社までの公共交通機関のアクセスはあまりよくない。業務で会社の車を運転することもある。まずい、あまりにまずい。

「くずみさんね、僕は脅かすつもりもないですし、これで逮捕とかもないですから。お話し聞き終わったら帰ってもらいますから。」
 僕は会社でしょっちゅう“顔に出る”と言われるタイプだ。今、僕は相当おびえた顔をしているのだろう。捕まえた側の警官が僕を心配している。自分の妻が免許を失効していた話までしてくれた。故意でない免許更新忘れのことを「うっかり失効」と呼ぶのだとか。怖いのは警官や逮捕ではなく免許が使えないことなのだが、ここは警官の優しさに素直に感謝する。

 しかしこの警官、優しいは優しいのだが、いかんせん手際が悪い。しかも僕が書くべき必要書類を持ち合わせていないようで、応援部隊に持ってきてもらう手配をしている。雑談などをしている間にも時間はどんどん過ぎていき、応援部隊が到着するころには時計は17時前を指していた。到着した応援部隊は、僕に「免許が失効しているので、明日の朝一で更新してくるように。仕事もあるかもしれませんが、更新が優先なので朝一でお願いします。」と告げて去っていった。住民票を取りに行けないのは勿論、明日の仕事も急きょ休む必要が出てきてしまったので、僕の焦りはさらなる加速を見せていた。

 ひとしきりの手続きが終わり、解放が近づくが、車が運転できないため帰れない。帰るまでは車運転してOK、というようなルールがもしかしたら、なんて甘い希望は消え去った。帰る方法としては、誰かに来てもらうか、代行を呼ぶしかないとのことだった。平日の昼間に動けて、車が運転できて、今すぐ助けに来てくれる人などそうそういやしない。結局代行を呼ぼうとするが、警官に紹介されたところは20時からしかやっていないとのこと。

 残る作業は代行を呼ぶだけとなったがそれが上手くいかない。そりゃ代行業者もこんな真昼間から酒を飲むやつなど想定していないだろう。しかしこの作業でお巡りさんを待たせるのも悪いと思い、訊いてみる。
「これ(帰る手段)決まらないとダメなんですよね?」
「まぁ処理は終わったので大丈夫ですよ」
 良かった。僕は今車を運転できる資格を持っていないため、警官が道路にある僕の車を近くのスーパーの駐車場へと移動する。

「まぁくずみさんも免許持っておられる方ですし。大変でしょうから。私はこれでここを離れますので。後はよろしくお願いします。」
 そう言って警官は帰って行った。警官の言葉は「大変だろうから家帰るくらいは運転しても、まぁ。自分は見ないので。」と言った風に聞こえた。僕の曲解でなければ温情をかけてくれているように思えた。

 僕は迷った。代行はあと2時間くらい待たないと来ない。この後には僕の参加している音楽コミュニティの大事なイベントがある。ここは店の駐車場のため車は閉店の23時までには移動させなければならない(本当は目的外で駐車している時点でダメなのだが)。
 しかも翌日の午前中は免許の更新に行かなければいけないことが決定しているので会社の上司にその旨を連絡しなければならないのだが、運悪く隣の課の人しかいないようだったので、ほとほと困り果ててしまった。
 一体どうするのが正解なのか。僕の心は揺れた。温情に甘えるか。しかしそれでは法律を犯すことになる。職場の今の上司は出来事を事細かに把握しようとする人なので、説明ができないような行動はとりたくなかった。嘘はある程度つけるが、それでも嘘はつくほどほころぶし、なにより良心が痛む。極力正直に話せるように行動したい。だがしかし他に方法は…



……



「待たせたな」
 颯爽と車から現れたのは、以前も登場したK先輩(フリーター、2016年8月時点)だ。僕が考えた結論は、
・K先輩に迎えに来てもらう
・音楽コミュニティの大事なイベント(結婚で引っ越す先輩に寄せ書き)を行う
・夜になってから何とかして車のところまで行き、代行を呼ぶなど何か考える
・上司には翌日朝事情を説明して謝る

というものだった。
 平日の昼間から迎えに来てもらえるなんて、持つべきものはフリーターの先輩である。がた落ちしたテンションが顔に出ているのを笑われながら家まで送り届けてもらう。

 住民票をあきらめ音楽コミュニティのイベントに参加すると、同コミュニティに参加している、前回も登場したD先輩が「協力しようか?K(先輩)がいるなら代行運転スタイルで車運べるやろ」
と協力を申し出てくれた。D先輩はかつて深夜に友人から呼び出され180km以上先の駅まで車を走らせ迎えに行ったことがあるそうなので、この程度は何でもないのだとか。レベルが違いすぎる。

 こうして、K先輩・D先輩によってやさしさ溢れる車救出団が結成され、車を無事回収、翌日免許を更新して職場へ向かうことを考えて職場に車を置き、無事帰宅するのだった。

 あとは翌日、午前から免許を更新しに行かねばならない。が、これまた困ってしまう。
というのも、僕が住んでいる地域の免許センターは非常にアクセスの悪い場所にあり、電車やバスも数本しか通らない。免許を取得しに行く場所のはずなのに免許がないといけないような場所にある。服を買いに行く服がない状態だ。

 ここは、伝家の宝刀を抜くしかなかった。

「明日の朝とか暇じゃないですか?」

 やはり持つべきものは、フリーターの先輩だ。




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