くずみーのくずかご

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【免許】翼をもがれた僕はあまりにも無力で~最終話~

 

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 人生においても「伏線」というものを意識することがある。今回はその伏線を回収する回なのだろう。僕の持つもう一つの翼、赤い翼を目覚めさせる。

 

 そう、1か月前、僕はロードバイクを購入していたのだ。馴染みがない人も多いかもしれないが、車道をすごいスピードで走り抜けていく、ハンドルの持ち手がぐりんと曲がった自転車と言えばイメージが浮かぶのではなかろうか。あの自転車は走りに特化しているため、運動音痴で体力のない僕でも25km/h~30km/hくらいの速度が出るのだ。市役所から免許センターまでは20km強、午後の講習までは3時間近くある。ロードバイクでの移動は十分可能な範囲だ。これが、最高に気分が乗らないという点を除いては最適解だった。

 

 動きやすい服装に身を包み、ボトルに飲み物を注ぎ、免許取得後仕事に行けるようスーツをショルダーバックに詰める。時間がかかって勤務時間中に行けなかった、ということにして今日をサイクリング用の休日としてしまうかどうか非常に迷ってはいたが、念のため。上司への説明の不安を抱えたまま幸せな休日を過ごせるとも思わなかったためだ。

 

 自転車で移動し、手始めに市役所で住民票を取得する。市役所で働く先輩が「Twitter見たよ。大変やね。頑張ってくれ」と励ましてくれて励みになった。後は必要書類として証明写真が必要だがそれは後回し。

 

 いよいよ本格的に免許センターまでの旅がスタートし、今朝車で移動した道を、今度は自転車で駆け抜ける。天気がとてもいいというところも伏線の1つだろう。最初は重かった気分も、運動や頬を切る風によって少しずつ軽くなってくる。8月終わり、季節は夏なので汗はどうしてもかいてしまうが、風があるのでまだマシだ。すいすいと足を進めていく。

 

 特に問題もなく旅程も中盤に差し掛かる。時間は昼前。イオンモールが見えてくる。そういえば朝から何も口にしておらずお腹が減ってくる。飲み物も減ってきている。確かここには証明写真を撮る機械もあったはずだ。休憩と写真撮影をするため、イオンへと立ち寄る。

 

 店内でパンや糖分補給用の羊羹を購入する。後は飲み物だが、暑い中走ってきたのでたくさん飲みたいと体が求めている。持ってきたボトルは700ml入る。500mlのペットボトルでは少ない。あと、どうしても炭酸が飲みたい。熱くなった体を爽やかなのど越しで癒したい。しかし、炭酸の入ったスポーツ飲料が売っていない。どうしたものか…。

 

 ないなら、作ればいい。

 

 どこかの錬金術師がそういったように、ないものは自分で作ってしまおう。そうだ、スポーツ飲料はそのままでは糖分が多すぎて運動に良くなくて、どれだけか薄めるべきだという話を聞いたりする。そして500mlではちょっと少ないという現状。これらを総合して考えると、“スポーツドリンクと炭酸水を混ぜる”という結論以外なかった。

 

 買い物を済ませ、パンをほおばり、そしてオリジナルドリンクの作成に取り掛かる。ボトルを少しの炭酸水で洗い、そこにまずスポーツドリンク、続けて炭酸水を注いでいく。余った炭酸水は飲み干して完成。今の欲求を全て満たす飲み物だ。

 

 後は写真撮影だ。おあつらえ向きに撮影機械が設置されている。

 中に入ると撮影メニューを選ぶ指示が出てきた。

 

通常撮影:700円

美白加工撮影:800円

 

 「美白加工」の文字に僕は心を惹かれていた。+100円で美白加工ができる。そこに、迷う理由はなかった。

 美白加工撮影を選択し、撮影準備に移る。ヘルメットによって乱れてしまった髪を整え、撮影OKボタンを押す。撮影までのカウントダウンが始まる。

 いやまて、この写真はこんなに広い範囲が写るのか、と画面を見て気づく。というのも、僕の服はショルダーバッグのベルトがあったラインに沿って汗で濡れ、びっしょりと、くっきりとシミになっていたのだ。写るのは肩までくらいかと思っていたが胸辺りまで範囲に入っている。まずい、汗だくの写真になってしまう。しかし無常にもカウントダウンの数字は小さくなっていく。3秒という時間は、後悔をするのには短すぎた。タイミングを合わせ、キメ顔を作る。画面に映し出されたのは、汗びっしょりで微笑みを浮かべる不審人物だった。

 

 撮影が終わると、後は美白加工の時間だ。今時の撮影機は本当に優秀で、美白だけでなく少し日焼けさせたりもできるようだった。いくつかのパターンを見比べ、汗だくかつ色黒だと暑苦しく見えるかと思い、美白加工を行って少しでも爽やかな印象を持たれるようにした。

 

 写真も調達したので再び自転車をこぐ作業に戻る。暑いのでさっき作ったドリンクが冷たいうちに少し体に入れたい。混ざっていないとおいしくないだろうから少し振っ…

 

 刹那の出来事だった。僕のボトルは自転車乗り用のボトルで、ボトルを押したり吸ったりすると飲み物が出てくる。つまりは圧力によって飲み物が外に出される仕組みだ。

 

 目の前を舞うキラキラとした水滴。1滴2滴ではない、服や自転車を濡らすには十分な量の。そう、ここはスプラッシュマウンテン。

 

 ボトルを振るときに手からかかる少しの圧力と、炭酸によって膨張させられたボトルによって、それは起こった。このボトルに炭酸を入れたらどうなるのだろうという興味は前から少しあったが、これで解決だ。結論、飛び出る。

 

 服や自転車を濡らしながらひた走る。結局オリジナルドリンクは大しておいしくなく、時間が経つとぬるくなって最悪だったので後悔しかなかった。

 

 失敗にめげながらもなんとか目的地が見え始める。戻ってきたぞ、この地に。火照った体を落ち着けながら手続きを進める。必要書類が少し違う以外は普通の更新作業と同じだ。

 

 これでもし視力検査に引っかかると最高に面白いと思ったが、幸い何とかクリアし、1時間の講習を受ける。

 

 講師は漫談家のような面白い人物で、聞いていて退屈しなかった。

「同乗者のシートベルト着用は運転手の責任です。昔のドラマに『家なき子』というものがありました。安達祐実が主人公のあれです。あのドラマでは『同情するなら金をくれ』と言っていましたが、運転するときの場合は『同乗するならシートベルトを締めてくれ』と言ったもんですね。……えーっと、皆さん疲れてるんですかね?」

 

 講習も終え、いくつかの手続きを終えた後、効力のある運転免許証が渡される。写真についてはセンターで撮影があったので普通の写真となった。また、担当者いわく免許については失効ということなので、更新ではなく再取得という形になっているため、免許の取得日が今日になっているとのことだった。

 

 長い長い免許更新作業を終えたころには時計は16時前だった。移動時間を考えると、時間がかかって行けませんでした、と言っても許される頃合いだったが、やはりそわそわしながら過ごすのが耐えられそうにないため、会社へ向かうことにした。小心者の悲しい性だ。ちなみにここまでの間、女子大生にひたすらに励ましてもらっていたのは秘密だ。会社に向かう決心も、その女子大生の励ましによってできたのであった。なかなかどうして、ヘタレである。

 会社に戻り、スーツに着替えながら頭の中で説明内容を組み立てる。昨晩と今朝他の人にぶん投げた仕事のお礼やフォローもしなければ。革靴だけは運べなかったので赤いスポーツシューズにスーツというちぐはぐな恰好で部長や同じ部署の人に説明しに向かう。

 

「おー、お疲れ様」「大丈夫だった?」「自転車であそこまで行ったの!?遠くない!?」と、ねぎらわれたり驚かれたりしながら、これまであったことを話す。普通に生活している人にとってこんなことは珍しい出来事なので色々質問が飛んでくる。そう、ここで答えに窮しないようにここまで正当なやり方で進んできたのだ。その甲斐あって、今回の件は笑い話として終わりを迎えることとなった。一番答えに困った部長からの質問とすれば次のものくらいだろう。

 

 

「えっ、先輩なのにフリーターなんや?」