くずみーのくずかご

くずみー(Alcard___2cm___)が140字じゃ足りなくなったとき。トップ(http://kzmyalcard2cm.hatenablog.com)

マルチの勧誘を受けた話

「日本のサプリメントってさ、本当に危ないんだよ」
“この勧誘、進研ゼミで見たやつだ”なんてことを考えながら、目の前でスラスラと日本製サプリメントの危険性について語るY子さんを、くずみーこと僕は眺めていた。サプリメントのことは頭になく、どうやったらこの勧誘を穏便に、かつ素早く終わらせることができるかを考えていた。
 
偉大なるインターネットによると、この企業…ひとまずA社とする(企業の名前は伏せる。それとは全く全然これっぽっちも関係ないが、なんとなく頭にセグウェイが浮かぶ)。A社のやり方はいわゆる「マルチ商法」と呼ばれるものだ。「ねずみ講」とは少し違い、違法ではないらしい。しかし、一般の人間が他の人間に商品を販売する形式や、上と下の立場ができ、下の人間が商品を販売することによって上の人間に金が入るという形式から、一緒にされることもある。
 僕個人の見解としては、別に違法じゃないならやるのは勝手だけれど、世間の評判が真っ黒な企業とは関わりあいになりたくないな、というところだ。

結局めんどくさいことになったなぁ。展開される「将来のビジョン」の話を聞き流しながら、こうなるまでの経緯をぼんやりと思い出していた。



Y子さんは、僕が通うスポーツ施設に突如現れた。「上手ですね」「教えて下さい」そういわれて、悪い気がする人は少ないだろう。D先輩、K先輩、友人のMにも紹介した。
積極的な人だなぁ、というのが最初の印象だ。知り合ってすぐ、ホームパーティに誘われた。その後も何度か食事の誘いもあった。ただ、その時プライベートが非常に充実していた僕はその誘いに乗ることができなかった。今思えば幸いだったかもしれないが、面白エピソード獲得チャンスは逃していたかと思うと微妙な気持ちだ。

スポーツ施設に通ううち、Y子さんの手に見慣れない商品があるのを見つけた。
「それ、なんですか」
「ん、プロテイン
 飲み込んでから答える。
「へぇ、そんなのもあるんですね。見たことないやつです」
「うん、通販でしか買えないから」
そう言って見せてくれたパッケージにはA社のロゴが描かれていた。知識はあまり持っていなかったが、なんとなく「やばい」という感覚が体を包む。
「知ってる?A社って。」
「え、あー、なんとなく」
「怪しいと思った?」
「んー、いや、まぁ、別に」
「でもほら、私が怪しくなかったら、それも怪しくないってことでしょ?」
謎理論だ。それなら怪しくない僕が幸運を呼ぶ壺を勧めたら信じてくれるのか。しかし、気が弱い人間というのは実に不便で、明らかに動揺した反応を見せた僕は、なんとなく平和に終わるようにその場を取り繕ってしまう。うやむやにその会話を流し、胸には不安感だけが残った。

翌日、どうしても気になってインターネットでA社を検索すると、出るわ出るわ、真っ黒な評判。会社が大きく、歴史もそれなりにあるだけあって、体験談や対処法もたくさん出てきた。面白い記事がたくさんあったのだが、それをこれから自分が体験するかもしれないと思うとあまりいい気分にはなれなかった。


その後も何度か誘いは続き、断っても先の予定まで聞いてくるので、さすがに面倒になり、「一度きちんと断らないとダメだ」と食事を了承した。「もしかしたらA社の商品が好きなだけの人かもしれない。勧誘なんてしてこないかもしれない」。そんな淡い期待も抱いて。

そんなこんなで訪れた今日という日、Y子さんと2人で食事の店に訪れ、彼女が世間話も早々に「前も言ってたと思うんだけど、A社のことを話したいと思って」と切り出したところで、僕の淡い期待は空しく崩れ去り、目の前ではまだA社についての演説が続いているのであった。 “面白い話がある”“見せたいものがある”という誘い文句の時点で感づいてはいたのだけれど、できれば杞憂であってほしかった。あぁ、思ったより早く突然に切り出されたなぁ。食事もまだ運ばれてきていないのに。

「A社のこと知ってる?」
「んー、なんとなく?」
早速嘘をついた。さすがにネットで見て評判真っ黒だった、なんてところから話を始めるのはやりづらい。
「この話はさ、誰にでもしてるわけじゃなくて、私がちゃんとしてると思った人にしかしてないの」
そりゃどうも、お眼鏡にかないまして光栄です。ただそれ、「カモにしやすい」って意味じゃないですかね。

 「くずみーはさ、やりたいことってある?」
 出た、将来の夢の話だ。インターネットで見た。A社ならそれが実現できるらしい。Y子さんいわく、いわゆる不労所得のようなものが、A社の事業を行うことで得られるらしい。それによって、それ1本で食べていけている人もいるし、ノルマや時間の制約もない…そんな内容だった。
 馬鹿げてる。そう思っても言えないのが小心者のつらいところ。大きな不労所得を得られるのなら目の前で繰り広げられている勧誘が何なのかわからないし、それの勧誘が不労所得への道だというのならば、カモにされるのはまっぴらだ。ノルマや時間の制約がないのはただ放っておかれているだけであって、収支を黒字にする最低限の額や、生活をしていく最低限の額を自分で計算して自分でマネジメントしていく必要があるのだ。自由と言えば聞こえは良いが、全てが保障無しの自己責任ということだ。一般企業等であれば、ある程度失敗しても一定の給与が保障されているが、A社の事業1本で稼ぐとなると、月の収入が0ということもありうることになる。これを心から“自由”と捉えられる人間は相当優秀だろうと思う。


プロテイン、日本製だよね。それね、本当に危ないの。プロテインでもそうだしサプリメントでも体に良くないものが含まれてる。A社のものは安全で、例えばオリンピック選手やサッカー選手も使ってる。そういう選手って体にすっごく気を遣うし、オリンピック選手が飲んでるってことはそれでドーピングの反応が出ないってことでしょ。だから安全だってわかるでしょ。でも日本ではサプリメントが原因で病気になって病院に行ってない人が5人に1人はいるの」
「?…病院に行ってないのにどうやって調べるんですか?」
「えっ…まぁ病院が全部じゃないじゃん」
「?」
「病院に行ってる人は10人に1人」
何を言っているかわからない。じゃあどこで調査したのか教えてほしいし、話の内容だけでも眉唾モノなのに、そんな不確かなデータを持ってこられて逆にどうやって信じろと言うんだ。まだおばけの存在を信じた方がマシだ。
 「私の知り合いにそういうサプリメントとかに詳しい学者の人がいて、発表の後に聞きに行ったんだよね。『日本のサプリメントで飲んでいいものはどれですか』って。そしたら、『日本にはない』って。」
 「ひどいですよね。じゃあその危険性を学会で発表してくれればいいのに」
 精一杯純粋な善人を装って反論する。
 「できないの。サプリメントの大きな企業がスポンサーについてたりするから。TVとかでもスポンサーに都合の悪いことは言えないでしょ?ちなみにTVって嘘ばっかりなんだよ。もうみーんな嘘。」
 ああもうお腹いっぱいだ。TVはみんな嘘、か。とても大きく出てきた。昨今のニュースなんてみんな嘘だったらどんなに良いことか。しかも学会すべてに関係者のスポンサーがつくものなのか。仮にそうだとしてもメディアはそうはいかない。全テレビ局全番組を押さえる財力などどの企業にもありはしないし、インターネットを制御しきることもできない。そんな重大な情報は必ずどこかで世の中に漏れ出ていく。アイドルが元カレとの写真流出で左遷される世の中だぞ。

 
「今日見せたいものがあるって言ってたじゃない。それは、この後この近くのマンションでA社についての説明があって、そこにくずみーみたいにA社のことを知らない人たちが来て説明を聞くの。ここから5~10分くらいかな。そこで、商品がどうすごいか実際に見てもらうの。こういうところ(飲食店)じゃできないでしょ?…どうかな」
恐ろしい。飲食店の場所も、集まる時間も、全てはこの流れに乗せるためだったのだ。敵のホームに誘い込まれるのは絶対に避けたい。相手の思うつぼだ。申し訳なさそうな雰囲気を出しつつ断る。
  
「んー、ちょっとそういうのは、興味ないです」
 「なんで興味ないか知ってる?」
 「?」
 本気で何を言っているのかわからなかった。興味ないのは僕だ。
 「興味がないのは、知らないからなんだよ。そのことについて知らないから、興味がないんだよ。1回聞いてみて。」
 勝手に人の行動理論を定義づけないでほしい。上から矮小な人間を見下ろしている口ぶりに少しムッとする。
 「そういう場所に行くのが嫌です。結局買ったりしなくちゃいけない雰囲気になるので」
 「じゃあ約束する。そういう行為はしない。私が先に説明しておく。他の人がしそうになっても私が止める。」
 「人がどうこうではなくてそういう雰囲気になるじゃないですか。買わなきゃいけないような雰囲気に。」
 「1回聞いておいたほうがいいと思う。これからも勧誘を受けたりすると思うけど、断りたかったら『もう前に聞いたんで』って言えるでしょ。…私が好意的にこの話をしてるのわかる?それを好意として受け取ってほしいな」
 僕の中では不法行為スレスレだ。ここで保険に用意していた話をすることにした。

 「僕は職業的に公的な立場にあります。公務員が禁止されていること、知ってますか?」
 「あぁ、副業?」
 すごい、即答だ。普通ならば公務員関係の人間か社会科の授業を受けている中学生しか興味を示さない情報をこんなにもすぐに。やはりみな考えることは同じなのだろうか。
 「でも、そういう人でもやってるよ?」
 金ヅル目的確定。仮にバレた場合責任を取るのは誰だ。その際の保障なんてないだろう。彼女はただ僕をそちら側に引き込みたいだけなのだ。わかりすぎなくらいにわかっていた事実にさらに確証が上乗せされて胃もたれしてくる。とんだよくばりセットだ。
「その人がそうでもダメなんです」
「そっか、そういうところきっちりしてそうだもんね」
真面目そうな雰囲気と印象というのは自分を誤解されるデメリットがあるが、その裏返しとして自分を偽りやすいというメリットがある。僕がクソ不真面目なのは一部の人しか知らない。

「公務員の副業の禁止」は僕が用意していた負けなしの1手だった。これは法律で定められており、A社のやり方は個人が他者に商品を販売するのでまぎれもなく副業だ。しかしこの1手には1つ欠点があった。商品の購入を断る力がないのだ。そのため、この後行われるセミナーにはまだ誘われる。

「無理矢理、とかは絶対しない。私は嫌なことをしないって決めてるから」
この勧誘自体嫌なんですがそれは…。穴を突けばいくらでもボロは出る。しかし穴を突いて出したいのはボロじゃないのだ。無理矢理されたいのも違う行為だ。くだらぬことを考えながら、できるだけことを荒立てないように断るよう注力する。
「好意的に言ってくれているのもわかるし、言っていることも理解してるつもりです。でも、ごめんなさい。」
「そっか、わかった。」

 比較的普通な人で良かった、と思ったところで自分の“普通”のラインがバグり始めていることに気付く。話は収まり、食事も終わっていたので店を出ることにした。良かった、やっと終わった。

店を出て安堵の息をついていると追い打ちのような一言が飛んできた。
「商品を勧めるのは良いんだよね?」
一言もそんなことは言っていない。
「モノのやり取りの話をするのはあまり好きではないです。」
勧誘に辟易してきた僕はだんだん苛立ってきており、言い方も少しずつ冷たくなる。私を怒らせないで、と若菜姫よろしく表情がなくなっていく。
「K先輩とD先輩はどうやってプロテイン選んでるのかな」
「まぁ二人もちゃんとしてるので自分でちゃんと調べて決めてると思いますよ」
頼むから先輩まで巻き込まないでくれ。彼女の言い分だと、A社の商品は安全でその他の商品は危険であり、その説明を受けるべき。自分で調べるといっても調べないままの人が多いので一度説明を聞いてしまった方が楽だ、ということだった。それでも「自分で調べます」というと彼女はパンフレットを手渡してきた。会員制サービスであり、ネットには情報がないそうなのだ。また、「ネットには悪口いっぱいあるから。」とも言っていた。ぬかりない。
「なんで悪口なんてあるんですか?」
「大きな企業ってそれなりに悪口書かれるでしょ。あと、私はしないけど良くないやり方をする人もいるから。」
「そうですか。」
きっと今度会った時に調べたかどうか聞かれ、調べていなかったら「ほらやっぱり」とセミナーに誘われるのだろう。それを避けるためには成分表を見比べ、違いを見つけ出したりして断る理由を見つけなければいけない。面倒な宿題が出てしまった。
 何より怖いのは、僕が車に乗り込んでいるにも関わらず話を続けているところだ。仕事熱心という捉え方もできないわけではないが、僕には死の世界に引きずり込んでくる亡者のように見えた。亡者と言っても金の亡者かもしれないが。
 
 話を適当にやり過ごし、やっと帰路についた。食事の味など覚えちゃいない。どうせ勧誘を受けるならば面白エピソードになってくれればいいのにと思っていたが、山も谷もない貧乳のような体験談になってしまったので肩を落とす。

 ついさっきの出来事を思い出しながら車を運転する。なんと突っ込みどころの多い話だっただろうか。1つ1つ潰していくのも良かったが、ことを荒げたくない。こんなとき僕は決まって一人脳内で持論を展開するのだった。

 日本のサプリメント等が危険ならば、企業としてやるべきことは、会員制サービスの中で限られた人間に安全(かどうかは知らないが)な商品を提供することではないのではないか。話している内容が本当だと仮定するならば、その危険な現状を訴え、世の中に明らかにし、真に安全な商品をより多くの人間に提供するべきではないのか。限られた人間にのみに対して良い商品を提供しているその現状は選民思想に近い物を感じるとともに、宗教的であるとも感じる。いい商品だと言うのなら、「ちゃんとしてる」「いいと思った」などと変な皮を被ったカモにしやすさポイントで売る客を選ぶのではなく、みんなに売ればいい。現在多くの人が危険に晒されているのなら尚更だ。さらに言うなら、ネット上に成分表を明らかにしていないサプリメントなど信頼できるはずがない。
 あと多くの人に商品の良さを知ってほしいなら、自宅という警戒されそうな場所でやるのではなく、まずyoutubeなどで動画をアップして周知をはかれば良い。
 また、企業の悪評も「大企業は叩かれる」と言うが、問題はその割合なのだ。例えば知り合いが富○通に就職したと聞けば「すごい」と思うだろう。その会社に仮に色々な意見があったとしても、肯定意見ももちろんある。しかしA社のネットの評判を見てみると、肯定的な意見としては「まぁ商品は良いかもしれないけど」というものくらいだ。A社に就職した、A社の仕事を始めた、などと言うと心配されることがほとんどだろう。悪評には悪評の理由があるのだ。そんな悪評だらけの企業の商品を使いたくなどないのだ。
 最後に、原材料費に人件費を含めるんじゃない。

 ひとしきり脳内で反論を終えたころに家に到着し、父に話しかける。
 「……こんな勧誘を受けてさ。全く馬鹿げた話だったよ」
 「あぁそれ、伯父さんが昔やってたよ」
 「まじかよ」

おわり